【新時代に挑戦②】ノアインドアステージ

ウインブルドンへ所属選手を送り出したい

テニススクールを運営する姫路市の「ノアインドアステージ」。40年前に親会社の工場跡地を有効活用しようと始まった事業は今や全国で28校を数え、テニスに特化したスポーツクラブとしては国内最大手の地位を確立するまでに発展している。大西雅之社長(57)に成長の歩みとコロナ禍にも負けない今後の戦略を聞いた。


ノアインドアステージのジュニア向けレッスンの様子

──親会社であるマッチ製造「日東社」の遊休地を活用した会員制テニスクラブがそもそものスタートと聞く。

自社生産していたマッチの軸木を1980年から岩手や長野県にある協同組合の工場で一括生産することになり、姫路市八家に約1万平方㍍の広大な遊休地が生じた。活用法としてスイミングスクールや自動車学校、ゴルフ練習場などの案が出たが、屋外テニス場ならクラブハウス以外は舗装してフェンスを立てるだけだから費用を抑えられるだろうと判断し、コートを10面整備した。大きく儲ける考えもなく、健康産業で地元貢献したいとの思いが強かったと聞く。ノウハウがないのでスクール運営は外部に委託し、クラブハウスだけ自社で運営した。

私が日東社に入ったのは87年。まだ営業見習いだったのに、半年後にたまたまクラブの支配人が退社したため、社長である父から「お前がやれ」と命じられた。今でも覚えているが、その時の会員数は80人で、年間売上もたったの2200万円。日東社に家賃を払えなければ自分の給料も出なかった。

2年で何とか4千万円にまで伸ばしたが、やはり冬季に会員数がガタンと落ち込む。これ以上は伸びないと考えたので、父に「屋根を付けてくれ」と直訴、90年に1億円投資して3面を全天候型に改装してもらった。すると徐々に季節変動がなくなり、97年には会員1500人、売上2億円に達した。

こんな人口の少ない姫路の端っこで成り立つなら、高所得層の多い神戸や大阪だとそれなりのビジネスになりそうだと考え、翌年から都市部で展開していった。98年には現社名に商号変更、今では首都圏と近畿圏を中心に国内28カ所で開校し、会員数も全体で3万5千人にまで拡大している。

──コロナ禍の影響は?

19年3月期は売上56億円、最終利益6億2千万円とともに過去最高を計上したが、20年3月期は4〜5月に休校して月謝もいただかなかった影響で約7億円の減収。ただ、幸いなことに利益はわずか1億円の減益にとどまった。これは、休校中のランニングコスト減と年間通じた旅費交通費や福利厚生費、交際費の減も影響したが、会員数が大きく減らなかったことが一番の理由。

もちろん感染拡大初期は一時的に退会が増えたが、秋ごろから徐々に戻り始めて今年1月には昨年とほぼ同じ水準にまで挽回した。会員にヒアリングすると、出張や飲み会、学校行事がなくなって時間の余裕ができたからという回答が多かった。

新規会員も増えた。室内で密集してしまうスポーツジムやヨガスタジオが避けられ、ゴルフがソーシャルディスタンス・スポーツだと人気を集めているが、同様にインドアテニスも注目された。特に、各年代で一番少なかった20代の入会が増えたことがありがたい。

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