創業百年、 グローリーのDNA──創業家 尾上壽男名誉会長が語る②


東京証券取引所の認定書を受け取る、当時の尾上壽男社長(左)

国際化と人材育成

1970(昭和45)年に総務部⻑で姫路に帰ってきました。総務部といえば当時、ヒト・モノ・カネを握っているからね。それで社⻑である親⽗から「⼤証⼆部に上場させろ」という命令を与えられまして。

株主に会社の中⾝を分かってもらう何百⾴の資料を作るのにコピー機もなく、ガリ版で持って⾏って印刷してもらう時代のことです。作っては財務局に「書き直し」って⾔われましてね。でも何とか6⼈のプロジェクトチームで出来たんです。

当時の⼤証⼆部の上場基準は資本⾦3億円以上必要で、国栄は三功を吸収合併して「グローリー⼯業」に社名変更したんですが、資本⾦は1億2千万円だったんですね。それじゃあ残りの1億8千万円をどうするか。そんな時に証券会社から⾮上場でも公募増資していた三光汽船の例を教わり、同じように公募増資を2回やることになった。1回⽬は330円、2回⽬は350円。72(昭和47)年に資本⾦の条件を満たしたんですが、その後2回のオイルショックが起こって延び延びになり、どうにか上場できたのは11年後の83(昭和58)年のこと。

上場⽇が11⽉1⽇だったんだけれども、前⽉にロッキード事件の⼀審判決が出て世の中が沈滞ムード。株式市場も凪相場だった。類似業種比準⽅式で計算したらグローリー株は3千円という値段が付いたもんだから、「ほんまに買うてくれるんかな」と⼼配してね。そしたら不思議やね。⾦の⾏き場がなかったのか、買い注⽂が殺到してストップ⾼気配のまま初値が付かず、6千円まで上がっていった。

「⾼ければいくらでもええっちゅうわけにいかんで」と⾔って、あちこちに頼んで何とか6500円で売りを出してもらった。史上最⾼の初値ということだったから、翌⽇の新聞に「グローリー社員が億万⻑者に」とか書かれて。嬉しかったね。今でも切り抜きを保存しています。


大証二部上場時に当時としては史上最高の初値をつけた

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